d_blog
長年住みなれた東京を離れて、故郷の熊本に移り住んで、体勢を整えてこれからというときに遭遇した2016年の熊本地震。その後片付けを終えようとする年でした。震災後の心の復興のボランティア活動でロンドンから飛んできたデザイナー・わいないきょうこさんから、彼女の熊本の友人の知人というご紹介のあった田代健太郎・佳織さんご夫妻との出会い。思えばわずかに接した点と点と点が結ぶ奇縁でした。
それぞれが波瀾万丈の運命にあっても結び糸はまるで魔女に術でもかけられたように弛むことなく、3年目の秋の終わり、機も熟した頃に、実業家・田代健太郎さんとともに、一念発起したプロジェクトです。
2019年、D_warehouseという名の「場」は誕生しました。熊本の海からも山からも同じような遠隔の平野部に位置する同市東区の、いわゆる日本経済繁栄期に広がった郊外のどこにでも見られるような、住宅と商業の混在する市街地の一画にあります。
先代から受け継いだ会社の行方を、オーナーとなる田代健太郎さんに相談されて、もうこれからのあなたがたの世代は、会社の規模をより大きくしてゆくのが使命といった古い概念にとらわれることなく、
これまでの事業を見直して、新しい試みをしながら雑誌のように編集し直して、生活に根ざした本当に自分たちのしたい内容へと、約5年間かけて移行させるプロジェクトにするのはどうだろうと提案しました。
いっそのこと、この地に家族とともに住み暮らして、まずはオフィス空間を整え、庭を造り、古い設備を再生させて新しい「場」を磨くことで、家族、会社、経営、スタッフ、顧客、生じるすべての問題が事業のテーマとなりうる。「今自分の居るところ」の衣食住の課題と実践と成果を身を以て感じられる。
プロジェクトリーダーは40代、重い荷物を背負って一心駆け抜けるには絶好の機会と捉えたのです。
もとは商品ストックの「D倉庫」とスタッフに親しく呼ばれてきた建物を、その名にちなんでD_warehouse と命名しました。名は体を表す。なにをするにもAかBの二者択一でなく、Cという第三の選択でもなく、DistinctiveのD。以前からすでにあったけれど気づかなかったモノやコトに着目して、それまでの概念に工夫を凝らして、時の流れのとともに進化してゆく独特の創造の「場」にするために。
軽量鉄骨プレファブパネル工法の改装案は、床に山から運ばれてきた杉の板材を張って、ゆったりした洗面トイレと船舶用キッチン設備の他には壁も装飾もない禁欲主義、演目あってこそのステージです。
無機質の広がりと独特の床板の表情の組み合わせは、何を容れても調和してしまう気前の良さがあり、大きなテーブルを囲んで、初めての人たちにも昔の大家族のようなくつろぎ感をもたらします。
オープニングには、これまでお付き合いのなかった近所にも案内状を配布したらどうだろう。私は立食の用意に専念しますから、親しい友人や仕事の仲間も招いて、ささやかなお披露目をしましょう。
親しみの余韻が残っているうちに、これから集まりを催すときは、告知を黒板に書いて表に出して、通りすがりの人目に触れるよう。手書きのチョーク文字は読みづらいから却って興味がある人だけが近づいてきます。その気配を日々感じながら、看板やチラシでなく以心伝心の行為を続けるように提案して。
「場」はその趣旨に興味を持つ人たちを惹き付けると同時に、そのありかたは周辺の街並にも影響を及ぼしてゆく。文字や言葉でなく佇まいの芸術性、オーラとでも言おうか。しだいに同じような雰囲気を愛する人や施設が集まってきて、世界のどこにあっても、魅力的な街並みはそんなふうにして始まる。
1年目を迎えた春に新型コロナウィルス(COVID-19)が世界的なパンデミックとなり、人々の価値観も感受性も地球規模で変わってしまいました。一周年の祝いをできず、定例セミナーも中止して、通りの人影もだんだんまばらになってきました。この状況でも何かできないかDらしいこと…そう日々悩んだ彼らは屋外にテントを張って、知人や近所の人に声をかけ、ランチマーケットを催していました。
この常態に私たちは個々のライフを守りつつ、今起きていることを課題にして前へ進むほかに良い手だては見つかりません。十数年前から普及してきたSNSを、さして必要としてこなかった私自身も、プロジェクトとともにリモートワークが増え、外出自粛ですっかり生活の一部になってきたので、テクノロジーもはやく習得して、机周りをアップデートしました。朝、コンピューターに向かってすぐ、仕事をしているあなたたちにデータを送る。海の向こうの初めて会う人と、10年も会えなかった人と、時空を超えて、同期させたりスイッチできるハブを手に入れて、コロナのあとに世界はとても小さくなった気がします。
こんなふうに人と結びついてゆけるのなら、この先は何もかもが、概念も構造も変わってゆくことでしょう。D_warehouseの「場」、言い換えればサイトをDらしく発展させなくては。これまでの蓄積を、現状を脱して再び、新しいやり方をする人々に出会い、新しいプロジェクトの世界に飛び込むために。
新しくプロジェクトを始める時のメンバーを、私はいつも同じ船の乗組員に例えます。このたび、田代佳織さんを船長としてスタッフ一同、新たな日々へ出航します。
これを機に初めて経験する航海を、田代佳織と関口晴美のリレーブログとして公開しようと思い立ちました。未知への荒波を乗り越えてゆく船長ならではの試練や苦悩、後から振り返れば楽しい冒険の思い出やよろこびの航海日誌、対する私からの叱咤激励刺激的アドバイス、ときにタグボートのように引っ張り、暗い夜には、灯台のように行く手を照らそうと考えています。次号はいよいよ船長による日誌です。
新・仕事生活を自分らしく推進してゆくための葛藤を、是非皆様の日々にも役立てていただき、一緒に乗り組みたくなったらどうか、ご意見などたまわりますよう。
D_warehouse に寄せて 関口晴美 living explorer・生活探検家
(c) D_warehouse 2020
creative director harumi tsuda , web designer hiroki tanabe